京都 化野念仏寺|八千体の石仏は、明治時代に掘り出されたもの

化野念仏寺は嵯峨野の奥、鳥居本にある小さな寺ですが、境内を埋め尽くす約8000体の石仏・石塔は、もともとこの寺のために作られたものではないと思います。

始まりは、平安京の「風葬の地」

化野(あだしの)は平安時代、都で亡くなった身寄りのない人々の遺体を弔わずに野ざらしにする「風葬」の地でした。空海(弘法大師)がこの地に草庵を結び、野ざらしの遺骸を埋葬し供養したのが化野念仏寺の始まりと伝えられています。のちに法然上人がこの地で念仏を説いたことから、浄土宗の寺院「念仏寺」と改められました。

八千体は、明治時代に周辺から掘り出され集められたもの

境内にずらりと並ぶ石仏・石塔は、化野一帯に長い年月のあいだ風雨にさらされ、埋もれ、散らばっていたものです。明治時代、地元の中山通幽という人物が、周辺の田畑や山野に散在していた無縁仏の石仏・石塔を掘り出して集め、現在のように配列し直しました。数はおよそ8000体にのぼり、「西院の河原(さいのかわら)」と呼ばれる一画にまとめて安置されています。

つまりあの圧倒的な数の石仏は、化野念仏寺が最初から抱えていたものではなく、明治になって初めて一箇所に集められた姿だったのですね。

毎年8月、灯りが石仏を照らす「千灯供養」

この石仏・石塔に灯明を捧げる「千灯供養」は、無縁仏となった魂を慰めるため、毎年恒例の行事として続けられています。日没後、境内が無数のろうそくの灯りに照らされ、ふだんとはまったく違う表情を見せます。開催時期や時間は年によって変わることがあるため、訪れる際は事前に公式情報で確認しておくと安心です。

まとめ——あるものを、あとから一つにまとめた場所

化野念仏寺の石仏群は、寺が意図して作り上げた「作品」ではなく、もともと化野に散らばっていた無縁仏を、明治の人々が一つの場所にまとめ直した結果なのだと思います。境内を歩くときは、その集められた経緯まで含めて眺めてみると、見え方が少し変わってくるはずです。

住所は京都市右京区嵯峨鳥居本化野町17。京都バス「鳥居本」停留所から徒歩約5分です。拝観時間は9時から16時30分(受付終了16時)、拝観料は大人500円です。

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