※画像はイメージです。実際の新調装束や制作現場の写真ではありません。
時代祭の行列は、約1万2000点の調度・衣裳・祭具でできています。平安神宮の説明では、綿密な時代考証を重ね、京都が千年のあいだ培ってきた伝統工芸技術を集めて復元された「本物」とされています。そして毎年少しずつ、修復と新調が行われています。
この記事は「どこを見れば、その作り方が見えるか」を、平安神宮が示す行列の順に整理したものです。当日、手元で使えるように並べました。
先に結論:見る場所は3つ
- 袍(ほう)の色。延暦文官参朝列は、位によって色が決まっています。色の違いがそのまま制度の違いです。
- 甲冑の小札(こざね)と、笠。金属の仕事と、編みの仕事が出るところです。
- 牛車の屋根と簾。安土桃山時代の牛車は、葉で葺いた屋根と色文の装具が目印です。
細かく見ていきます。
2026年の基本情報
- 開催日:2026年10月22日(木)。雨天の場合は翌23日に順延
- 京都御所 出発 12時(行列先頭の予定時刻)
- 烏丸御池 着 12時50分(同)
- 平安神宮 着 14時30分(同)
- 経路:丸太町通を西へ、烏丸通から御池通に至り、河原町通、三条通を経て、神宮道に入り平安神宮へ
有料観覧席は3か所です。京都御苑(行列先頭の到着予定12時ごろ)、御池通(13時20分ごろ)、神宮道(14時20分ごろ)。個人向けの販売は9月8日午前10時から始まっています。料金は席種により、一般席が1席5,000円から7,500円、京都御苑のまなび席が8,500円から10,500円、神宮道の応天門前特別席が13,500円から15,500円です(いずれも税込・1席あたり)。
残席の状況までは確認していません。購入を考える場合は販売ページで確認してください。
行列は、新しい時代から古い時代へさかのぼる
時代祭の行列は幕末から始まります。維新勤王隊列を先頭に、江戸、安土桃山、室町、吉野、鎌倉、藤原、延暦と、時代をさかのぼっていきます。
8つの時代を20の列に分け、総勢およそ2000名で動かしています。装束の列のあとには、神饌講社列、前列、神幸列、白川女献花列、弓箭組列が続きます。
つまり最初に見えるのは明治維新の装いで、時代の列の最後に来るのが平安遷都のころの装いです。見ているあいだに、布も作り方も、だんだん古いものに戻っていきます。
以下、平安神宮が示す順に並べます。
明治維新時代|羽織と赤熊
維新勤王隊列と維新志士列が進みます。三斎羽織(さんさいはおり)に義経袴をはき、鉢巻または赤熊(しゃぐま)をかぶった装束です。
赤熊は毛を使った被り物です。織りでも染めでもない素材が、行列の入り口で出てきます。
江戸時代|何を根拠にこの姿なのか
徳川城使上洛列と江戸時代婦人列。江戸時代婦人列の人物は『翁草』の記事によって考証されています。
誰を出すか、どんな姿で出すかが文献から決められている列です。装束そのものより、「根拠があって、この姿になっている」ということが分かる列として見てください。
安土桃山時代|牛車の屋根と簾
豊公参朝列と織田公上洛列。牛車が使われます。蒲葵(びろう)の葉で葺いた屋根に、簾などの色文(いろあや)装具を備えた、最高の様式とされるものです。
葉で屋根を葺く仕事と、簾の編みと染めが一台に集まっています。衣装以外のものづくりが見える場面です。
10月5日に平安神宮で披露された長束正家の装束も、安土桃山時代のものです。京都新聞が同日に公開した動画で、復元新調は52年ぶりで、蘇芳地と呼ばれる鮮やかな赤色を再現した、と報じられています。この一着がどの列に加わるか、また今回の新調に至った経緯は確認できていません。
室町時代
室町幕府執政列と室町洛中風俗列が続きます。
吉野時代
楠公上洛列と中世婦人列。平安神宮が示す行列の順では、室町時代のあとに吉野時代が来ます。
鎌倉時代・城南流鏑馬列|笠の目
綾藺笠(あやいがさ)をかぶり、直垂(ひたたれ)を着けた狩装束の武士です。
綾藺笠は藺草(いぐさ)を編んだ笠で、武士が山野で狩をするときや流鏑馬のときにかぶったものとされます。織りや染めとは別の、編む仕事が出る場面です。笠の目を見てください。
藤原時代|布の硬さと、重なる色
藤原公卿参朝列と平安時代婦人列。この順です。平安神宮の公式案内では、「平安時代婦人列」は藤原時代の区分に含まれています。
藤原公卿参朝列は、強装束(こわしょうぞく)が起こり、容儀が大いに整えられた時代の服装です。強装束は一般に、厚めの布地や、糊を張ってこわばらせた生地で仕立てたものを指します。柔らかく曲線的な「柔装束」に対する言い方で、鳥羽上皇の時代に装束の硬化が行われたという記録があります。片面だけ糊を張るもの、裏表とも厚く張るものがあり、漆塗りの板に糊を刷いて絹を張り乾かす「板引」という加工もあります。
ただし、当日並ぶ一着ずつがどの方法で仕立てられているかは分かりません。見るのは結果のほうです。布の張り方と、折り目の立ち方。柔らかく垂れる装束と並ぶと違いが出ます。
平安時代婦人列は、十二単のほか、小袿衣(こうちぎ)姿の略装など、複数の女性風俗が並びます。袖口や裾に重なる色の組み合わせも見どころです。
延暦武官行進列|甲冑の小札
中心は坂上田村麻呂です。きらびやかな金小札(きんこざね)の甲冑に、金作りの直刀を差した姿とされています。
小札は甲冑を構成する小さな板で、これを綴じ合わせて作ります。金具の仕事と、綴じの仕事が同時に出るところです。遠目には全体の輝きですが、近くで見ると一枚ずつの並びが分かります。
延暦文官参朝列|袍の色が制度を表す
位によって袍の色が決まっています。三位は浅紫、四位は深緋、五位は浅緋、六位は深緑です。
見るところは色の濃淡です。浅緋と深緋、浅紫がそれぞれ別の色として並ぶので、同じ赤系・紫系のなかで段階を作り分ける染めの仕事がそのまま見えます。色が制度を表しているため、似た色でよいという作り方ができません。
そのあとに続く列
時代の列はここまでで、このあと神饌講社列、前列、神幸列、白川女献花列、弓箭組列が続きます。装束を見に来た場合も、行列はまだ終わりません。
毎年どこかが作り直されている
時代祭の装束は、毎年少しずつ修復と新調が行われています。平安神宮の南坊城卓英さんは、この修復や新調をするということが大切な部分で、時代祭があるからこそ昔の技術を用いて衣装を修復・新調する機会がある、と説明しています。
作り方も素材も、その時代その時代の作り方に則っています。見えない裏地の部分まで同じようにこだわっているそうです。そのため一着の作り直しは、形を似せた複製を用意することではなく、その時代の作り方をもう一度使う作業になります。
支えている組織
行列を運営しているのは、京都の全市域からなる市民組織「平安講社」です。全11社あります。
京都市の記録では、平安講社は時代祭の運営に加えて、祭具や衣装の修理・保管にも尽力してきたと書かれています。
いまの課題
今年9月、平安神宮から「時代祭つなぐプロジェクト」が始動したことが知らされました。協賛金の一部を主催団体の平安講社へ寄付し、課題の解決につなげることを目指す取り組みです。
挙げられている課題は、伝統技術の後継者不足、行列参加者の不足、そして装束の新調・補修費用の高騰の三つです。
時代祭の歴史
| 年 | できごと |
|---|---|
| 明治28年(1895年) | 平安神宮の創建と平安遷都1100年紀念祭を奉祝する行事として始まる |
| 明治29年(1896年) | 平安神宮の祭礼となり、以降10月22日に固定 |
| 昭和19年(1944年)以降 | 第2次世界大戦中に行列が中止 |
| 昭和25年(1950年) | 復活。女人列が加わる |
この記事で確認していないこと
- 10月5日に披露された装束の制作者、費用、工程、今回の新調に至った経緯
- 52年という間隔になった理由
- 蘇芳地の染料。色の再現として伝えられているもので、染料については確認していません
- 当日並ぶ個々の装束が、いつ、どの方法で仕立てられたか
- 「時代祭つなぐプロジェクト」の目標額、期間、寄付の方法
- 有料観覧席の残席状況